これは1925年に刊行された「 Grundlegendes zur Erweiterung der Heilkunst Nach geisteswissenschaftlichen Erkenntnissen 」を元にしたお話です。
ITA WEGMANN (イタ・ヴェーグマン)という方との共著で、おそらく、日本では刊行されていません。

いつも書いていますが、これから書くことは私の独自の解釈であって原文を日本語に訳したものではありません。

今回は「治療的思考の基礎」のお話です。
しつこいようですが、これから書くことは、上記の著作に書かれていたことに対する、私の独自の解釈であり、病気の治癒を保証するものではありません。

例として、人間の身体におけるケイ酸(シリカ)の働きについて考察してみましょう。
ケイ酸は、体内において非常に広範囲に存在しています。例えば、血液の中、骨の中、髪の毛の中、尿の中など、身体の内外の境界に関わる領域に特に多く見られます。これは、ケイ酸が肉体組織の形を作る力と深く関係しているためです。
ケイ酸は人間の自我とどのように関係しているのでしょう。自我は、単なる意識ではなく、身体に対して形を与え、秩序を作り出す力として働きます。ケイ酸は、この自我の働きを支える物質的基盤となります。特に重要なことは、ケイ酸が身体の境界に多く見られることです。髪の毛は外界との境界に位置し、骨は内的構造の境界となります。つまりケイ酸は、人間が外界と内界の間で自分自身を保つための物質的条件を作っているのです。
人間の身体において、ケイ酸の役割は大きく分けて二つあります。身体の内側における働きと、外側に対する働きです。体内において、ケイ酸は成長や栄養の流れに限界を与えます。もしこの制限がなければ、身体は無秩序に成長し、形を保てなくなります。外界に対しては、自然の作用を、そのまま体内に侵入させないように遮断する働きがあります。この二つの働きによって、人体は、内部で暴走せず、外界にも飲み込まれずに、独自の秩序を持った存在として成立します。
また、ケイ酸の働きによって形成される「境界領域」の間に、実は重要なものが生まれます。それは、意識の基盤です。感覚器官(目・耳など)、そしてそれに準ずる全身の感覚は、このケイ酸の働きの上に成立しています。
ここで大事なのは、すべての臓器はある意味で感覚器官であるということです。肝臓や腎臓も、他の臓器の状態を感じ取っています。ただしその感覚は非常に微弱で、通常の意識には上がってこないだけです。
このように人体は、全体が相互に感じあうシステムとして成り立っています。
健康は、このケイ酸の働きが適切に分布していることによって保たれます。人体の中には、ケイ酸の働きのネットワークが存在していて、それが正常に機能することで、臓器同士の調和や、精神と身体のバランスが維持されます。
ケイ酸は人体にとって重要なものですが、過剰になると様々な問題が発生します。本来は自我によって利用されるべきものが余り、異物的に体内に蓄積されるようになります。その結果、胃腸障害を引き起こします。消化管の役割は、過剰な形成につながるものを排泄することです。本来、水分が必要な場所で、脱水症状が発生します。このことは、ケイ酸の過剰摂取によって精神の乱れが生じた際に最も顕著に現れます。めまいがしたり、眠気をこらえきれなくなったり、聴覚や視覚の異常を感じたりします。感覚の作用が神経系に到達する前に遮断されているように感じるほどです。また、骨格の構造的にも不調が生じます。筋骨格系の制御が困難になり、関節痛を感じることがあります。つまり、ケイ酸が過剰になると、身体の抹消が硬直しすぎてしまうのです。
では、ケイ酸を治療的に使用する場合はどうなるのでしょうか。例えば、真の感覚器官ではない臓器が、無意識のうちに生体の外部を敏感に知覚するようになったと想像してみてください。そうすると、その臓器の機能に異常が現れるはずです。ケイ酸を投与することでこの過敏性を改善できれば、病的な状態を克服できるでしょう。必要なのは、ケイ酸の供給が、身体全体ではなく、影響を受けた臓器の周辺に作用するように投与することです。ケイ酸を他の成分と組み合わせることで、体内に取り込まれたケイ酸が必要な臓器に到達し、他の臓器に影響を与えることなく、毒素を体外に排出することが出来ます。もう一つの例として、ある臓器が他の臓器の影響に対して鈍感になっている場合は、その臓器の周囲にケイ酸活性が蓄積しています。その場合は、蓄積しているケイ酸を生体全体に拡散させることが必要です。それには、硫黄が効果的な場合があります。

今回はここまでです。

興味がありましたら、魂の夜明け(別館)の方もよろしくお願いします。