これは1925年に刊行された「 Grundlegendes zur Erweiterung der Heilkunst Nach geisteswissenschaftlichen Erkenntnissen 」を元にしたお話です。
ITA WEGMANN (イタ・ヴェーグマン)という方との共著で、おそらく、日本では刊行されていません。

いつも書いていますが、これから書くことは私の独自の解釈であって原文を日本語に訳したものではありません。

今回は「オイリュトミーの本質と医療的意義」のお話です。
しつこいようですが、これから書くことは、上記の著作に書かれていたことに対する、私の独自の解釈であり、病気の治癒を保証するものではありません。

まず、「オイリュトミー」について説明します。
これはルドルフ・シュタイナーによって、アントロポゾフィー(人智学)を元に創始された新しい芸術です。舞台上で人間が動く表現なので舞踏のようですが、それはダンスではありません。主に腕や手の動きを中心に舞台を動き回る人々の集団が、シーン全体を芸術的に舞台デザインへと高めます。
すべての動きは、人間の組織の内なる本質に基づいています。それは、人生初期の言語を生み出します。すなわち、オイリュトミーの核心は、動きによる言語表現であるということです。言語による音が人間の構成から生まれるように、この構成を真に理解することで、目に見える言語や歌を構成する個人や集団から動きを引き出すことが出来ます。言語そのものと同様に、これらの動きにも恣意性はありません。例えば、「O」という発音には、固有の性質があります。ほかの音で「O」を表現できないように、オイリュトミーにおいても、「O」固有の明確で表現力豊かな身振りのみが現れます。このように、オイリュトミーは人間の本質の真の啓示であり、それを理解することによって、意識的に発達させることが出来ます。
舞台上では、詩の朗読が行われると同時に、その内容が動きとして表現されます。観客は耳で言葉を聞くと同時に、目でその意味を体験することになります。また、音楽が演奏される場合には、それが動きによって再現され、まさに「見える音楽」となります。このように、オイリュトミーは芸術として、人間表現の新たな領域を開いたものなのです。
芸術的な意味で生み出されたオイリュトミーは、二つの方向に発展してきました。
一つは教育的な面です。通常の体育や体操では、身体の力学的な側面、つまり筋力やバランスなどが主に扱われます。しかし、オイリュトミーでは、身体だけではなく、魂や精神も含めた「人間全体」が動きの中に表現されます。
成長期の子供にとって、これは非常に重要な意味を持ちます。なぜなら、オイリュトミーの動きは、人間の本性から自然に生じるものだからです。子供はそれを、幼児期に言語を学ぶのと同じような自然さで体験します。つまり、オイリュトミーは単なる運動ではなく、人間形成そのものに関わる教育手段なのです。
もう一方の側面は治療的な側面です。芸術的・教育的オイリュトミーが、健康な人間の動きから発せられるのと同じように、病んでいる人の内的存在から発せられるように修正されると、治癒効果のあるオイリュトミーが生まれます。このようにして行われる動作は、病んだ臓器に相乗効果をもたらします。動作の一つ一つが臓器の病状に正確に適応されると、外部で行われるものが臓器内の治癒を促進します。この動作を通じた働きかけは、身体、魂、精神に作用するため、病人の内的存在に深く作用します。
しかし、治療的オイリュトミーは、専門的知識なしに行ってはいけません。オイリュトミーの動きは一見単純に見えるかもしれませんが、その背景には人間の構造に関する深い理解が必要です。素人的なアプローチは、かえって有害となる可能性があります。

今回はここまでです。

興味がありましたら、魂の夜明け(別館)の方もよろしくお願いします。