これは1909年に刊行された「 Wie erlangt man Erkenntnisse der hoeheren Welten? 」を元にしたお話です。R・シュタイナーの四大著作の一つなので、ご存じの方も多いでしょう。
最初は、雑誌に連載されたもので、1907年に特別号で一冊にまとめられ、1909年に単行本として出版されました。その後、1918年までに何度か改訂版が出版されました。
日本では高橋巌氏が訳した「いかにして超感覚的世界の認識を得るか」(ちくま学芸文庫)が良く知られていると思いますが、松浦賢氏や鈴木一博氏が訳したもの等、複数出版されています。
いつも書いていますが、これから書くことは私の独自の解釈であって原文を日本語に訳したものではありません。
今回は、前回までの「霊的修行入門の諸段階」の「2.悟り」のお話の続きです。
初めての方は、このシリーズの最初「いかにしてより高次の世界の認識を得るか その1」から読むことをお勧めします。
しつこいようですが、これから書くことは、上記の著作に書かれていたことに対する、私の独自の解釈であり、著者の真意をお伝えするものではありませんが、一緒に高次の世界を目指してみましょう。
完全に成長した植物を目の前にしている自分を想像してみてください。そして、この植物が枯れるときが来るという考えで心を満たしてください。今目の前に見えるものは何も残りません。しかし、この植物は自ら種子を発生させ、それが新しい植物へと成長していきます。再び、目に見えるものの中に何かが隠されていること、目に見えないものがあることに気付きます。この植物の形は、その色彩と共にもはや存在しないだろうという考えで心を満たしてください。しかし、それが種子を形成するという考えは、それが虚無の中に消え去ることはないということを教えてくれます。それが消えないように守っているものは、以前種子の中に成長した植物が見えなかったのと同じように、今はもう見えません。だからそこには、目で見ているのではない何かが存在しているのだ。この考えを自分の中に留めておきます。そうすると、しばらくしてから再び自分の中に新たな力が発展します。
それは、自分の魂の中にある力であり、何かへと変化して、新しい視点を形成していきます。これは、種子の時に述べた炎よりも大きくなっています。炎は中心部が緑がかった青、外縁部が黄みがかった赤に感じられます。
ここで「色」と呼んでいるものは、肉体の目で見る色のことではなく、この知覚を通して物理的な色の印象に似た何かを経験することを意味します。真に霊的な知覚へと昇華したいと願う人は、このことを心に留めておく必要があります。そうでなければ、霊的な領域で物理的なものの繰り返ししか見出せないでしょう。
霊的にそのようなものを見ることが出来るようになった人は、多くのものを得ています。なぜなら、物事は、その現状だけでなく、その発生と消滅においても、その人に明らかになるからです。その人は肉眼では決して知る事の出来ない、あらゆるところに霊的なものを感じ始めます。そして、それによって、その人は自らの知覚を通して徐々に神秘を解き明かすための第一歩を踏み出したのです。
外的な感覚においては、誕生は死によって滅びると思われています。これは、これらの感覚が存在の隠された精神を感知できないからです。魂にとって、誕生と死は単なる変化であり、それはちょうど蕾から花が咲くときに起こる変化と同じようなものです。
しかし、これを直接体験したいのであれば、まずは示された方法でそれに対する知的感覚を目覚めさせなくてはなりません。
今まで述べてきた全てを経験することなく、生と死という現象を直接経験する人もいます。実際、わずかな刺激で発達する、顕著な心理的素因を持つ人々も存在します。しかし、それらは例外に過ぎません。今まで説明してきた道は、一般的かつ安全な道です。種子や植物を単に想像するだけで、より簡単に目標を達成できると信じる人は、重大な誤りを犯すことでしょう。知識だけで得られる認識は、単なる空想に過ぎません。重要なのは、自分がそういう知覚を作り出すのではなく、現実がそれを創造するということなのです。
このような訓練を通して、人は自分自身の中に霊的洞察の始まりを発見すると、人間性そのものを観想すること出来ます。しかし、その前に、道徳的人格の完全な純粋さを保つために、特に真剣に取り組む必要があります。このようにして得た知識を私利私欲のために利用するという考えは、一切捨て去らなくてはなりません。たとえ同胞に対するいかなる権力も、邪悪な目的に利用することを考えてはいけません。人間の本質に関する秘密を探求する者は皆、真の神秘科学の規則に従わなくてはなりません。そして、その黄金律とは、「秘密の真実の知識を深めようとするならば、同時に善のために人格を完成することにおいても進歩しなくてはならない」というものです。この規則に従う者だけが、この先の修行に取り組むことが出来るのです。
今回はここまでです。
興味がありましたら、魂の夜明け(別館)の方もよろしくお願いします。