これは1910年に刊行された「Die Geheimwissenschaft im Umriss」を元にしたお話です。R・シュタイナーの四大著作の一つなので、ご存じの方も多いでしょう。
この著作も他の著作と同様、1925年までに何度か改訂版が出版されました。

日本では高橋巌氏が訳した「神秘学概論」(ちくま学芸文庫)が良く知られていると思いますが、西川隆範氏が訳したもの等、複数出版されています。

いつも書いていますが、これから書くことは私の独自の解釈であって原文を日本語に訳したものではありません。

今回は、「宇宙の進化と人間 その5」のお話です。
初めての方は、このシリーズの最初「秘教科学概論 その1」から読むことをお勧めします。
しつこいようですが、これから書くことは、上記の著作に書かれていたことに対する、私の独自の解釈であり、著者の真意をお伝えするものではありませんが、一緒に神秘学の世界を探求してみましょう。

発達段階の2番目である「太陽段階」は、人類が土星で到達した意識よりも高い意識状態へと昇華することをもたらします。しかし、現在の人類の意識状態と比較すると、この太陽段階は「無意識」と表現できるかもしれません。
これは、人間が現在、完全に夢を見ない睡眠状態にあるのとほぼ同じです。あるいは、現在の植物界が眠っている低次の意識レベルに例えることも出来ます。超感覚的知覚においては「無意識」は存在せず、異なるレベルの意識が存在するだけです。世界のあらゆるものは意識を持っています。人間は太陽進化の過程で、エーテル体、すなわち生命体との統合をとおして、より高次の意識レベルに到達します。これが起こる前に、土星状態は前述のように繰り返さなくてはなりません。この繰り返しには非常に特別な意味があります。なぜなら、前述の説明で述べた休息期間が経過すると、かつて土星であったものが「世界の眠り」から新たな世界存在、すなわち太陽として出現するからです。しかし、これに伴い、発達の条件は変化しました。土星において活動が説明されていた霊的存在は、他の状態へと進化したのです。
人間の萌芽は、土星で形成された状態のまま、新しく形成された太陽に初めて現れます。まず、土星で経験した様々な発達段階を、太陽の環境に適応するように変化させなくてはなりません。したがって、太陽期は土星の現実の繰り返しから始まりますが、太陽の生命の変化した環境に適応しています。人間が土星で発達を完了する段階まで進むと、人間萌芽は完全な人間へと変化します。
土星で達成された発達段階が太陽の条件に適応すると、前述の「叡智の精霊」はエーテル体、すなわち生命体が肉体へと流れ込むことを許し始めます。このように、人類が太陽において到達する高次の段階は、土星において既に胚の状態で形成された肉体が、エーテル体、すなわち生命体の担い手となることで、第二の完成段階へと高められます。このエーテル体、すなわち生命体は、太陽の発達過程において、それ自体が第一の完成段階に達します。しかし、肉体が第二の完成段階に達し、生命体が第一の完成段階に達するためには、太陽の更なる発展過程において、土星段階について既に述べたのと同様に、他の霊的存在の介入が必要となります。
「叡智の精霊」が生命体を流れ込み始めると、それまで暗かった太陽の存在が輝き始めます。同時に、人間の萌芽に内的活動の最初の兆候が現れ、生命活動が始まります。土星紀に疑似的な生命とみなされていたものが、今や本当の生命になります。
流れ込みはしばらく続き、その期間が過ぎると、人間の萌芽には重要な変化が起こります。つまり、二つの部分に分かれるのです。それまで物質的な身体と生命体は密接に結びつき一体をなしていましたが、今や物質的な身体は独立した部分として分離し始めます。以前は肉体と生命体が密接に結合して一体となっていましたが、肉体は独立した部分として分離し始めます。しかし、この分離された肉体にも生命体が浸透したままです。こうして、人間は二つの部分からなる存在となります。一つは生命体に浸透された肉体であり、もう一つは単なる生命体です。しかし、この分離は太陽紀における休息の期間に起こります。この期間中、既に現れていた輝きは消え去ります。この分離は、いわば「世界の夜」の間に起こります。
しかし、この休息期間は、前述の土星紀と太陽紀の発達の休息よりはるかに短い間です。休息期が終わると、「叡智の精霊」たちはしばらくの間、かつて単一の存在に対して行ったように、二分化された人間存在に取り組みます。その後、「運動の精霊」たちが活動を始めます。彼らは自分自身のアストラル体で人間の生命体を流れます。そのことで、人間は物理的な身体の中で特定の内的な動きを行う能力を得ます。それは、現代の植物の樹液の動きに例えることができます。
土星の身体は純粋な熱物質で構成されていました。太陽の進化の過程で、この熱物質は現在のガスまたは蒸気の状態に匹敵する状態まで凝縮しました。これは「空気」と表現できる状態です。このような状態の最初の兆候は、「運動の精霊」が活動を開始した後に現れます。
超感覚的意識には、次のような光景が映し出されます。熱物質の内部に、微細構造のようなものが現れ、それが肉体の力によって規則的に運動しているのです。これらの構造は、現在の人間身体の発達段階を現しています。それらは完全に温熱に満たされ、またあたかも熱の外皮で包まれているかのように見えます。これらの熱構造は、規則的に運動する空気の形態を内包しています。
物理的な意味で言えば、この存在は「人間」と呼ぶことが出来ます。
したがって、上で述べた現在の植物との比較を維持したい場合、私たちはそれが凝縮された植物の形ではなく、空気やガスの形であることを意識する必要があります。その動きは現在の植物の樹液の動きと比較できます。
このように説明された発達はさらに続きます。一定期間後、再び休息期が訪れ、その後、「運動の精霊」の活動が続き、そこに「形態の精霊」の働きが加わります。
その効果は、これまで変化していた気体状の構造が永続的な形態をとるところにあります。これは、「形態の精霊」が人間の生体内に力を流し込むことによって起こります。以前は、「運動の精霊」だけがそれに作用していたころ、ガスの構造は絶えず動いていて、自分の形を保っているのはほんの一瞬でした。しかし今では、ガスは一時的に見分けられる形をとるようになります。しばらくすると再び静けさの時間が訪れます。その後、「形態の精霊」は再び活動を始めます。そしてその時、太陽の発展の中で全く新しい活動が生まれます。
これは太陽進化が中間点に達した時点で起こります。土星で人間の段階に達した人格の霊魂が、より高次の完成へと昇華する時です。彼らはこの段階を経ることで、地球上で通常の発展過程にある現在の人類がまだ獲得していない意識を獲得します。地球紀――つまり惑星の発展段階の第四段階――が目標に到達し、次の惑星期に入った時に、人類はそれを達成することでしょう。
その時、人類は現在の肉体的な感覚が伝えるものを単に知覚するだけではなく、周囲の存在の内なる精神状態をイメージとして観察できるようになります。人類は絵画的な意識を持ちながらも、完全な自己認識を維持します。イメージの知覚には夢のような、あるいは鈍いものは一切ありません。むしろ、たとえイメージであっても、精神的なものを知覚します。しかし、それは物理的な色や音がそうであるように、現実の表現として知覚するのです。
現在、人間はそのような知覚に達するには、秘教科学的な訓練を通してのみ可能です。この訓練については、本書の後のセクションで述べます。
このような知覚を、太陽紀の中で「人格の精霊」は通常の発達の才能として獲得します。そしてまさにこのことによって、彼らは太陽紀の発展の間に、人間存在の新たに形成された生命体に、かつて土星で物理的体に働きかけたのと同じように作用することが出来るようになるのです。
かつては暖かさが彼等自身の個性を返してくれたのと同じように、今や光り輝くガス体が、彼らの観察意識の像を映し返してくれます。彼らは太陽で起こっていることを超感覚的に見ています。そしてこの見ることは、決して単なる観察ではなく、太陽から放たれる像の中に、地球人が愛と呼ぶ力の何かが現れているかのようです。魂の眼でより詳しく見ると、この現象の根拠が分かります。
太陽から放たれる光には、高貴な存在たちがその活動を織り込んでいるのです。これらは先に述べた「愛の精霊(セラフィム)」です。
彼らは、「人格の精霊」と共に、人間のエーテル体、すなわち生命体に働きかけます。この働きを通して、この生命体自身もその発展の段階を一歩前進させます。それは体内のガス状構造を変形させる能力だけではなく、それらを操作し、生きた人間における生殖の最初の兆候を出現させる能力も獲得します。言わば、形作られたガスから分泌物のようなものが排出され(汗のように)、それが母胎に似た形に形成されます。
さらに太陽紀の発展を特徴づけるには、非常に重要な遠い宇宙の事実に触れる必要があります。それは、ある時代の間にすべての存在が必ずしもその発展の目標に到達するわけではないということです。目標に届かない者たちもいるのです。
例えば、土星の発展期には、「人格の精霊」たちすべてが、その時点で前記のように与えられた人間段階に達したわけではなく、同じように土星で形成された物理的な人間の身体も成熟の段階に到達していませんでした。結果として、太陽にはその状況に適さない存在や構造が存在します。これらは、土星記で達成できなかったことを太陽紀の発展過程で取り戻さなくてはなりません。
そのため、太陽段階で以下のことを霊的に観察することが出来ます。
「叡智の精霊」が生命体の流入を始めると、太陽の身体はある程度濁ります。そこには、本来なら土星に属するはずの構造が入り込みます。それは空気の中で適切に凝縮することのできない熱の構造です。これが土星段階で取り残された人間存在です。彼らは正常に発達した生命体の担い手にはなれません。
こうして土星の熱物質として取り残されたものは、太陽では二つの部分に分かれます。一つの部分は人間の身体によって吸収されるようなもので、その後、人間存在の中で一種の低次の性質を形成します。こうして人間存在は、実際には土星段階に対応するものを自らの体の中に取り込むことになるのです。かつて人間の土星体が「人格の精霊」に人類の段階へ昇ることを可能にしたように、今や太陽ではこの人間の土星の部分が「火の精霊」たちのために同じことをします。彼らは、自らの力をこの人間の土星部分に出し入れすることで、人類段階に昇ります。これは土星の「人格の精霊」たちがやったことと同じです。これもまた太陽の発展の途中で起こります。ここで人間存在の土星部分は十分に熟成しており、それを通して「火の精霊(アルカンゲロイ)」が人類の段階を進むことが出来るのです。
もう一つの土星の熱物質の部分は分離し、太陽の人間存在の隣や間で自立した存在となります。これが今や人間界に並ぶ第二の世界を形成するのです。太陽の上で、完全に独立しているけれども肉体的だけの体、すなわち熱の体を形成する世界。その結果、完全に発達した「人格の精霊」は、自分自身の独立した生命体上で、ここで説明されたような働きをすることは出来ません。しかし、一部の「人格の精霊」は土星の段階に留まったままです。彼らはそこでまだ人類の段階に達していません。独立した二つの太陽世界の間には、独立した引力の帯があります。彼らは今、太陽の上で、後れを取った世界に対して、進んだ仲間たちが土星で人間に対して行ったのと同じように振る舞わなくてはなりません。これらの存在はそこで初めて肉体を発達させました。
しかし、太陽自体では、遅れた「人格の精霊」がそのような働きを行うことは出来ません。そのため、彼らは太陽体から分離し、その外側に独立した世界体を形成します。こうして、この世界体は太陽から出現します。そこから、遅れた「人格の精霊」は、前述の第二の太陽領域の存在に働きかけます。こうして、かつて土星であった世界体から二つの世界体が生じたのです。太陽は今、その近傍に第二の世界体、つまり土星の再生、新たな土星を象徴する世界体を持っています。
この土星から、第二太陽領域に人格という特質が付与されます。したがって、この領域では、太陽自体には人格を持たない存在たちと対峙することになります。しかし彼らは新しい土星の「人格の精霊」にその自身の人格を映し返します。超感覚的な観察では、太陽の人間存在たちの間で、規則的な太陽の発展に関与する熱力を観察でき、それにおいて新しい土星の前述の精霊たちの働きを見ることが出来ます。
太陽進化の中期において、人間においては、次のことが観察されなくてはなりません。人間は肉体と生命体から構成され、その中で、高度な「人格の精霊」の活動が「愛の精霊」の活動と連携して行われています。物質的な身体には、残された土星の性質の一部が混ざっています。そこで「火の精霊」の活動も行われます。「火の精霊」が残された土星の性質に作用するものすべてに、地上の人間の現在の感覚器官の前駆体を見ることが出来ます。すでに示されているように、土星の段階で、この「火の精霊」は熱の物質で感覚の種の作り出しに取り組んでいました。「人格の精霊」が「愛の精霊」とともに行うことの中には、現在の人間の腺器官の最初の形成を見ることが出来ます。
ただし、上で述べたことだけでは、新しい土星に住む「人格の精霊」の働きは終わりではありません。彼らの活動は、前述の第二の太陽の領域に限らず、この領域と人間の感覚との間の一種の繋がりを作ります。この領域の熱物質が人間の感覚の種を通して出入りし、それによって人間存在は太陽で外界の低次な領域をある種の知覚をすることが出来るのです。この知覚はもちろん、先に述べた鈍い土星意識に対応する形で、鈍いものに過ぎません。そして本質的には様々な熱の作用から成り立っています。
ここで太陽進化の中期について述べたすべてのことは、ある一定の期間にわたって起こります。その後、再び休息の期間が訪れます。同様の過程がしばらく続き、人間のエーテル体が十分に成熟し、「生命の子供(アンゲロイ)」と「調和の精霊(ケルビム)」の共同作業を開始できる段階に達します。この段階で、人間の内部において、超感覚的意識に対して、味覚体験に例えられるような啓示が現れ、外には音として現れます。これはすでに土星の発展についても言わなくてはならなかったことですが、ここ太陽では、全てが人間の内面でより自主的な生命として存在します。
「生命の子供」はその結果、土星で「火の精霊」が得たのと同じような鈍いイメージ意識を得ます。ここで「調和の精霊(ケルビム)」が彼らの助け手となります。彼らは実際には、今太陽の発展の中で起こっていることを精神的に見ています。しかし彼らは、この観察によって得られる成果、生成される知恵のあるイメージの感覚をすべて放棄し、それらをまるで華麗な魔法の幻のように、「生命の子供」の夢のような意識に流れ込ませます。「生命の子供」は、その観察の構造を再び人間のエーテル体に働きかけるので、この身体はより高い発展段階に達していきます。
再び休息の期間が訪れ、全体が「世界の眠り」から再び目覚め、しばらく経つと、人間は成熟し、自らの力を奮い立たせることが出来るようになります。これは、土星紀後期に「意志の精霊(トローネ)」を通して人間に流れ込んだのと同じ力です。内なる生命の中で、その意識への現れは嗅覚のように例えられます。しかし外側では、天空に向かってこの人間は一つの人格として現れます。ただし、内なる「自我」によって導かれているわけではありません。むしろ人格として機能する植物のように現れます。
土星の発展の最後では、人格は機械のように現れることが示されました。そして、そこで最初の芽が、現代の人間にもまだ芽生えの段階にある「霊的人間(アートマ)」へと発展したように、ここでも同様に最初の芽が「生命霊(ブッディ)」へと形成されます。
一定の期間これらの過程が進むと、再び休息の期間が訪れます。以前の類似のケースと同じように、この休息の後、人間の活動はしばらく続きます。そして、「叡智の精霊」による新たな介入として現れる状況が生じます。この過程を通じて、人間は環境に対する共感と反感を初めて経験できるようになります。これらにおいて、真の感覚はまだ存在せず、むしろ感覚の前兆に過ぎません。なぜなら、嗅覚の知覚として現れる内的生命活動は、ある種の原始的な言語のように、外的に現れるからです。
心地よい香り、あるいは味、きらめきなどが内的に知覚されると、人間はそれを音を通して外的に表現します。そして、内的に不快な知覚がある場合にも、同様の過程が生じます。
なぜなら、上記の全ての過程を通して、太陽進化の真の意味が人間にとって達成されたからです。人間は土星意識よりも高い意識レベルに到達しました。これがいわゆる夢の中の意識です。
しばらくすると、新たな発展のポイントが訪れました。というのも、太陽段階に関連する高次の存在たちは、自らの作用によって人間存在に生じさせたものを処理するために、別の領域へ移行する必要があるからです。
ちょうど土星段階と太陽段階の間にあったような大きな休止期間が訪れます。太陽上で形成された全てのものは、植物の種子の中で成長力が休んでいる状態に似た状態に移行します。しかし、その成長力が新しい植物で再び日の光の下に出てくるように、休止期間の後、太陽上で生命であった全てのものも再び世界の母胎から現れ、新しい惑星的な存在が始まります。
このような休止期間、あるいは「世界の眠り」の意味は、例えば「叡智の精霊」といった一つの存在に精神的な目を向けてみれば、理解できるでしょう。彼らはまだ土星の段階では、そこからエーテル体を出すことは出来ませんでした。土星での経験を通じて、初めてそれに備えられたのです。休止期間の間に、彼らの内部で準備されたものを現実の能力に変えていきます。こうして彼らは太陽で、生命を自身から流し出し、人間存在に独自の生命体を授けるまでに至ったのです。

今回はここまでです。

興味がありましたら、魂の夜明け(別館)の方もよろしくお願いします。