これは1925年に刊行された「 Grundlegendes zur Erweiterung der Heilkunst Nach geisteswissenschaftlichen Erkenntnissen 」を元にしたお話です。
ITA WEGMANN (イタ・ヴェーグマン)という方との共著で、おそらく、日本では刊行されていません。

いつも書いていますが、これから書くことは私の独自の解釈であって原文を日本語に訳したものではありません。

今回は「人体におけるタンパク質の役割とアルブミン尿」のお話です。
しつこいようですが、これから書くことは、上記の著作に書かれていたことに対する、私の独自の解釈であり、病気の治療を保証するものではありません。

まず最初に、タンパク質という物質の本質について考えます。
一般的な生物学では、タンパク質は身体の構造を作る材料であり、酵素やホルモンの基盤となるものとされています。しかし、食物として生体内に取り入れられたタンパク質には、重要な特徴があります。それは、タンパク質は「どんな形にもなりうる素材である」という点です。タンパク質は体内の「形成力」によって、非常に多様な形へと変化し、最終的には臓器や身体全体の構造として現れます。つまり、タンパク質は単なる材料ではなく、形を与えられる前の、いわば「可能性の物質」なのです。
タンパク質が体内で働くためには、いったん自分の持っている形を完全に失わなければなりません。無機物は基本的に一定の構造を保ちますが、タンパク質は違います。水素・酸素・窒素・炭素といった構成要素の結びつきが、一度「解体」されることで、初めて有機的な形成力が作用し始めます。
これらの形成力はエーテル体に結びついています。タンパク質は常に、エーテル体に取り込まれて生命活動に参与するか、あるいはそこから外れて無機的な状態へ向かうという、二つの方向の間にあります。つまりタンパク質は、「生きている方向」と「死んでいく方向」の境界にある物質なのです。
私たちが食物として摂取するタンパク質は、最初は当然ながら「他の生物のもの」です。つまり、その生物特有の生命作用(エーテル的作用)を持っているということになります。これを人間の身体に取り込むためには、完全にその影響を取り除かなければならないのです。
口から摂取されたタンパク質は、胃のペプシンによって分解されます。そして、この分解は膵液によって継続され、この段階で、タンパク質は一度「ほとんど無機的な状態」になります。それを自我組織が受け取り、再び人間の生命活動(エーテル体)に引き渡します。
健康な状態では、すべてのタンパク質が適切にこれらのプロセスを通過しています。つまり、外来の性質を完全に捨てる、一度無機化する、自我組織によって再構成されてエーテル体に引き渡される、といった流れがスムーズに進んでいる状態です。もし、このプロセスがスムーズに行われなかった場合は、自我組織がその機能を果たすために準備するタンパク質が十分に供給されないために、エーテル体では過剰な活動が生じます。この状態が続くと、身体の中で不適切なことが起こります。本来ならば体内に取り込まれるべきタンパク質が、異常な形で排出されてしまうのです。これが、アルブミン尿(タンパク尿)です。つまり、アルブミン尿とは単なる腎臓の問題ではなく、タンパク質の分解プロセスの失敗、自我組織の働きの不全の結果なのです。
人間の排泄に影響を及ぼす力は、アストラル体の領域に結びついています。アルブミン尿症においては、アストラル体は本来意図されていない活動を強いられるため、本来活動すべき部位において、その活動は委縮してしまいます。これは腎上皮において顕著に現れます。
治療の考え方としては、自我組織への適切なたんぱく質の供給、すなわち、膵臓の活動の強化を視野に入れることが大事なのです。

今回はここまでです。